店名で親しまれ、お人柄で愛される家族経営の老舗「酒安堂」
「酒が安いよ~」
これを都城弁でいうと「酒がやしどー」となります。それがそのまま、お店の名前になった「酒安堂(さけやすどう)」。もちろん、酒のディスカウントショップです。
目印にもなる店前の道にある大きな看板には、この文字が書かれています。この呼びやすさから「酒がやしどー」と叫びながら、看板そばの坂道を自転車で駆け抜ける高校生がいるとか。地元の方にはハマるダジャレで、年齢を問わず広く親しまれています。
店名は斬新ですが、歴史は古く、おじいさまの代に創業。以来、100年を誇る、代々つづく老舗です。
「老舗の3代目なんですね」
店主の平瀬純一さんにお聞きしたところ、「いやいや、他に能力がないので、ただ続けているだけですよ」とのお返事。
平瀬さんは常に自然体で、私たちのさまざまな質問にも、ダジャレを交えて楽しく答えてくれました。
【父子で酒屋を、母娘で雑貨屋を営む】
「酒安堂」を守るのは、平瀬さんと息子の拓郎さん。奥様のハタエさんと娘の陽子さんは、酒屋さんのお隣で雑貨店「陶器の店 うつわ坂」を経営されています。
「酒安堂」と名づけたのは、いまから約25年前、店の形態をディスカウントの酒屋に変えたときでした。当時は、酒販売は配達が主流の時代。しかし、ちらほらと酒のディスカウントショップが生まれはじめていたといいます。その波に乗って、平瀬さんのお店でも配達をやめ、スタイルを一新したそうです。配達をやめることは、当時の酒屋さんにとって大きな決断でした。
すると平瀬さんのヨミは的中。一気にお客様が増え、店は大いににぎわったそうです。市場のニーズをがっちりとつかむ形となりました。
しかし10年もするとディスカウントショップが当たり前になり、客足が伸び悩みます。ちょうどこの頃、全国的に広がりはじめたのが本格焼酎ブームです。
特に芋焼酎は、プレミアムがつくほどの加熱ぶりで、人気が高まりました。ここ都城は、芋焼酎のお土地柄。鹿児島県との県境に位置し、取引先も多いため、県内焼酎だけでなく幅広い銘柄を取り扱うことができます。またしても、ブームに乗る結果となりました。
【チャンスを味方に、いまのベストを模索する】
「経営の節目に、いいことが起きるんですよ」と平瀬さんは笑います。
時代の流れに乗り、チャンスをつかむ。これは、単に運がいいだけではありません。来るべき日のために備えているからこそ、チャンスがめぐってくるのです。
「日ごろから多くの人と交流を持って、いろいろなことを見聞きし、常に『機を見るに敏』でありたいと心がけています」
ダジャレを言うときのお顔とは打って変わって、真面目にお話してくださった平瀬さん。そうは言いつつも、
「ポリシーというようなものはなく、柔軟性が持ち味。こんにゃくのような男ですよ」と笑います。このお人柄が、多くのお客様に愛されている所以でしょう。
【ふるさと納税を担当するのは、仕事ぶりが丁寧な4代目】
ふるさと納税を担当しているのは、息子の拓郎さんです。
「お顔を見ずにお渡しするので、少しでも心が伝わるようにしたいんです」
焼酎の箱に丁寧にシールを張りながら、拓郎さんは話してくれました。
焼酎箱の角が曲がることさえも、拓郎さんは良しとしません。雨に濡れるなんて、もってのほか。だから雨の日は発送しないといいます。これほどの心遣いで商品を届けてくれるなんて、驚きです。
「酒屋は、力仕事。そのため現場には男が多く、力任せに仕事をするようなところがありますが、酒は食品ですからね。口に入れるものは、丁寧に扱わないと」と笑顔で話してくださいました。
おっしゃるとおり。これだけの仕事ぶりですから当然なのかもしれませんが、お客様からのクレームは一つもないといいます。
【つねにお客様目線。だから信頼感も高まる】
お父様とはまったく違うタイプの拓郎さんは、自分らしい方法で、お店を盛り上げます。
「一般の酒屋では取り扱っていないような珍しい焼酎でも、うちでは素早く取り寄せることができます。一品からでも承りますよ」
このお客様目線がありがたい。一人ひとりに対応してくれる細やかさが、信頼感につながります。
拓郎さんの趣味はロードバイク。仕事に出る前には、毎朝1時間半かけて約40キロを走破します。朝は5時ごろから、すでに自転車に乗っているそうです。
「夜明け前だから、星がきれいですよ。霧島周辺では、野生動物に出くわすこともあります」
レースにもチャレンジするという本格派。そのため、毎日の練習を欠かさないといいます。つねに、備える。ここに、お父様との共通点を発見しました。自他ともに認める“似てない親子”のようですが、いやいや本質はやはり似ている。拓郎さんも、きっとチャンスをつかむタイプです。
父子でタッグを組む姿を見守るのは、奥様のハタエさんと娘の陽子さん。さりげない心配りで、ご主人たちをサポートする様子が目に浮かびます。
本当に、いいご家族です。
別れ際、何度も「気をつけて帰ってね」と声をかけてくれた奥様。手を振りつづけてくれたご主人。実家に帰ったようなぬくもりを胸に、帰路につきました。
〈編集部コメント〉
お酒屋さんに取材に行くと、決まって「お酒はお好きですか?」と聞いてしまう私。平瀬さんは「私自身は酒が好きですが、人に飲酒を強要するようなことはしたくないですね」と真摯にお答えくださいました。誠実さがにじむ言葉です。偉ぶらず、相手を思いやり、ダジャレで場をなごませる。「酒安堂」が親しまれる理由が、よくわかりました。