【都城大弓】弓師を訪ねる 第1回 小倉紫峯さん「一意専心に弓と向き合う」|宮崎県都城市ふるさと納税特設サイト

【都城大弓】弓師を訪ねる 第1回 小倉紫峯さん「一意専心に弓と向き合う」

 竹弓の生産量日本一を誇る都城市。平成6年には都城産の竹弓が経済産業省から伝統的工芸品の指定を受け、現在4人の弓師が伝統工芸士として活躍しています。また、令和2年には「都城大弓(みやこのじょうだいきゅう)」として特許庁から地域団体商標の登録を受けました。今回からスタートするシリーズでは、ふるさと納税返礼品にもなっている「都城大弓」を制作する4人の伝統工芸士をご紹介。初回は「都城弓製造業協同組合」の組合長を務め、弓師としても活躍する小倉紫峯(おぐらしほう)さんを訪ね、「都城大弓」の歴史や、自らのこだわりについてうかがってきました。

 

武道を推奨する島津家の気風により
都城で弓づくりが盛んに

 薩摩藩主家の祖となった島津家が所有していた日本最大の荘園「島津荘」があった都城市。この島津家の気風が、都城における弓産業発展の礎になりました。「昔、お殿様のところには、お抱えの弓師が必ずいました。藩同士で戦争をするので、自分のところの武器は藩の中でつくっていたというわけです。江戸時代に入り、太平の世になると、徐々に藩で弓をつくる必要はなくなっていきましたが、島津藩は武道のひとつとして弓道を推奨していたので、武具の製造も盛んだったと聞いています。現在残っている記録によると、都城での弓づくりは堀江善兵衛という弓師が鹿児島から都城に移住したことから始まっています。今もその系譜図が残り、父から子、弟子婿へと代々技術が受け継がれてきたことがわかります。ちなみに、私の祖父の斉藤紫山(さいとうしざん)は昭和天皇の即位の儀の際、大弓を献上したそうです」と小倉さん。脈々と受け継がれてきた伝統技術をきちんと認めてもらい、人々に知ってもらいたい…、そんなの思いで、小倉さんをはじめとする弓師たちが集まり「都城弓製造業協同組合」を発足。平成6年に伝統的工芸品の指定を受けました。小倉さんはその組合長に就任し、「都城大弓」の宣伝普及のためのイベントを企画したり、さまざまな局面で窓口になるなど、弓師のまとめ役として活躍しています。

 

習ったことは忘れてしまいがち。
自分で考え、磨いた技術は忘れない

 小倉さん自身がこの道に入ったのは25歳の時。弓師として活躍していたお父様が怪我で入院したことがきっかけでした。「当時、私は鹿児島で別の仕事をしていたのですが、父の入院を機に『親はいつまでも元気とは限らないし、技術を学ぶなら早い方がいい』と帰郷を決意。それから20年、父の元で学びました。父と私は師匠と弟子であり、社長と従業員の関係にあるのですが、親子なので時には喧嘩することもありましたよ。一番肝心な『竹の削り方』と『弦(つる)の張り方』は見て覚えるだけで、直接指導を受けたことはありません。でも、それが正しかったのだと思います。習ったことは忘れてしまいがちですが、自分で考え、研究して身についたことは絶対に忘れないんです」。200以上ある工程もひとりでこなす小倉さん。研鑽を積んだ自分なりの技術でつくりあげる1本の弓。そこに刻まれた名からは、職人としての矜恃が感じられます。

 

「竹山」への嗅覚は長年の勘から。
冬の時期、一気に1000本を伐採

 数ある工程の中でも、小倉さんが特にこだわっているのが材料選び。「どれだけ手をかけても、材料がよくないといいものになりません」と竹を厳選。1000本以上の竹を切っても、制作工程で納得いかないものは次々に捨てられていきます。そんな小倉さんが作る弓は強くて軽いと弓道家たちからも熱い支持を受けています。「どんな竹を選ぶのか、その基準は職人によって違います。私が竹を切りに行くのは『竹藪』ではなく、運動場が2〜3面くらい入るほど広い『竹山』。竹が乾燥している11〜12月、1日180本を目標に一気に切り出します。冬の時期、竹は休眠していて水分が少ないんです。これが2月くらいになると水があがっていき、虫が入ったり、シミができる原因になる。弓の命は竹なので、常に竹山を探していて、長年の勘で『ここにありそうだ!』とピンときたら山主さんを探し、1本あたりの金額を決めて切らせてもらうんです。毎年同じ山で切ると『山の勢い』がなくなってしまうので、少なくとも1年はあけるようにしています」。そうして厳選しても、2/3以上が捨てられていく小倉さんの竹…、厳しい基準をクリアした竹だけが小倉さんの作品として世に出るのです。

 

「用は美を兼ねる」。
終わることなき美の追求

 素人目に弓の品質というのはわかりにくいもの。小倉さんに、どういう弓がいい弓なのかと尋ねてみたところ「私は見た目が美しいものは性能もいいと思ってつくっています。でも、その美の基準、理想は変わっていくもの。その時々の理想を追求するから『完成』というのがない。常にもっと上があるはずだと思ってしまうんです」とのこと。終わりはなく、常に上を目指すのが小倉さんの職人としての姿勢です。「日本の人口は年々減っていますが、ありがたいことに弓道人口というのはあまり減っていないんです。海外でも徐々に弓道人気が高まっていて、4年に一度世界大会も開かれるようになりました。50年先はもしかしたら外国人相手の仕事になっているかもしれませんが、この『都城大弓』の伝統技術はこの地でしっかりと受け継がれていってほしいと思っています」。

 

 

<編集部コメント>

弓道と聞くと、的に矢を当てる光景だけを思い浮かべてしまいますが、実は所作など、ひとつの「武道」として大切にされている考え方がたくさんあるのだとか。「学生時代は的に当てることだけを習いがちですが、弓道は奥深いもの。ずっと続けてその道の本質を知ってもらえたらいいと思います」という小倉さんの言葉が印象的でした(N)

 

弓の中にある「弓芯」に使われるのが軽くて硬い櫨(ハゼ)。中には焼き焦がした竹を使う。その竹が“天然のカーボン”となって強いバネとなる。この技術は室町時代にはすでに完成されていた

 

発送の際は、小倉さんオリジナルのツートンカラーの布に巻いて納品される

 

納品前には弓のカーブを鉛筆で箱に描いておく。これは、使い続けると癖がついたり、形が変わることがあるため、初期の形を描いておいて、メンテナンスの目安にするため

 

弓芯は櫨のほか、紫檀を使うことも。1枚には5本の竹ひごが使われている

 

上に飾られている巨大な弓は日本テレビの「ザ!鉄腕!DASH!!」という番組の企画に使われたもの。都城市のPRを兼ねて、伝統工芸士である4人の弓師が一緒に作り上げ、高千穂牧場から矢を放った

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