“身土不二”の精神で奇跡の大豆「みやだいず®」の普及に努める「ケンコー食品工業株式会社」|宮崎県都城市ふるさと納税特設サイト

“身土不二”の精神で奇跡の大豆「みやだいず®」の普及に努める「ケンコー食品工業株式会社」

 土地の自然に適応した旬の作物を食べることで健康に生きられるという“身土不二(しんどふじ)”の考え方を大切に、都城の在来種「みやだいず®」の普及に努める味噌・醤油蔵「ケンコー食品工業株式会社」(以下「ケンコー食品工業」)。ここでは主な商品の原料に都城の在来種である「みやだいず®」を使っています。実はこの大豆、平成22年にとある農家で発見された種を宮崎大学が研究・発芽させて復活した“奇跡の大豆”。地元でも忘れられていたこの大豆の美味しさに感動した「ケンコー食品工業」代表取締役の吉田努さんが復活のために尽力し、今では契約農家で生産された「みやだいず®」を全量買い取って多彩な商品を開発するほか、その普及に努めるべく、さまざまな取り組みを行っています。

 

「わが子に安心な食品を!」
そんな父の思いが起業のきっかけに

 「ケンコー食品工業」が創業した昭和47年、日本はまさに高度成長期。人口も増え続け、大量生産が求められていました。「醤油工場で技術職をしていた父が、味噌や醤油に添加物を使うことに抵抗を感じ、〈自分の子どもには添加物入り食品を食べさせたくない〉との思いでこの会社をつくったと聞いています。しかし、創業当時は苦難の連続でした」と吉田さん。無添加の味噌や醤油をつくってはみたものの、なかなか興味を持ってもらえない…。お父様がつくり、お母様が商品を車に積んで、一般家庭に飛び込み営業をする日々が続きました。「ちょうどその頃、作家の有吉佐和子さんが新聞で、食品添加物や公害をテーマにした〈複合汚染〉という連載をスタートしたんです。公害などが社会問題化し始めていた時期だったので、それをきっかけに食の安全に対して意識の高い人たちがうちの商品を買ってくれるようになりました」。そんな両親の姿を見て育った吉田さんは幼い頃から、いずれ自分が家業を継ぐ覚悟はできていたそう。東京農業大学醸造科を卒業後、26歳で帰郷し、事業を継承しました。

 

昔ながらの大豆の味に感動し
全量買取で「みやだいず®」に賭ける!

 ある日、宮崎大学農学部の明石良教授が吉田さんを訪ねてきました。「大学が発見した〈みやだいず®〉で商品をつくってみないか?というお話でした。一度も食べたことがなかったので、まずは蒸して食べてみたところ、甘くてコクがあって美味しかった!これはいいものだからぜひやってみたい!と思ったんです」。

 「みやだいず®」は都城の在来種。昔はよくつくられていましたが、徐々に一反あたりの生産量が多い品種「フクユタカ」に取って変わられていました。その種を発見し、固有の在来種として復活させたのが宮崎大学だったのです。こうして明石教授と吉田さんを中心に、官民の枠を超えて連係し「みやだいず®」を普及させていくプロジェクトがスタートしました。

 プロジェクトでは、まず大豆をつくってくれる農家を探すことに。「みなさん〈昔、食べていた美味しい大豆を大事にしたいからつくるよ〉と言ってくれましたが、〈つくった分を全部買い取ってもらう〉ことが条件でした。そんな流れで、それならうちで全量買い取ります!となったわけですが、ここからが大変でした(笑)」。

 

同業他社にも「みやだいず®」を販売。
みんなで使って、盛り上げていきたい!

 栽培がはじまった初年度、1ヘクタール(約3000坪)の畑で採れた「みやだいず®」のうち、「ケンコー食品工業」の味噌・醤油に使う一等大粒クラスの割合はわずか約5%でした。「全量買取と言ってはみたものの、うちで使える品質のものはわずかで、ほとんどが家畜の餌などになってしまいました。そこで農家さんに〈この大豆を無駄にせず、美味しい味噌や醤油をつくりたいんです。なんとかいいものをつくってください!〉と何度も何度も頭を下げました。そうして気持ちを伝えてまわったところ、翌年はなんと70%くらいが一等大粒になったんです。改めて農家さんの力はなんて偉大なんだ!と実感しましたね」。収穫が増えると、自社の味噌・醤油だけでは使いきれないほどになり、きな粉や大豆粉、蒸し大豆などの商品開発も行うように。「大切に育ててもらった〈みやだいず®〉を余らせてはいけない!と必死でした。でも、これをきっかけにさまざまな商品開発ができたんです。まさに、必要は発明の母でしたね」。また、吉田さんは市内の豆腐店を一軒一軒訪ねて「みやだいず®」を使ってもらえるように話をするなど、普及活動に尽力しています。

 生産も1ヘクタールから40ヘクタールに増え、現在では、その美味しさから「うちでも使いたい!」という問い合わせが増えています。「同業他社にも卸していますよ。みんなで使って都城の〈みやだいず®〉を盛り上げていかないと!」。吉田さんの熱い思いが伝わります。

 

優秀なスタッフとの出会いでさらなる飛躍!
夢は「みやだいず®」の一大産地化

 そんな吉田さんの思いに賛同し、「ケンコー食品工業」に入社したのが都城市役所で6次化産業を担当していた井ノ上亜里沙さんでした。「私は以前からその土地ならではのオンリーワン食材に興味をもっていたので〈みやだいず®〉に出会った時、これだ!と思ったんです。市役所で〈みやだいず®〉の仕事に携わる中で吉田社長と知り合い、入社することになりました」と井ノ上さん。彼女の名刺の肩書は「みやだいず®普及員」「ローカルフードコーディネーター」。最近では京都の「酬恩庵(一休寺)」に出向き、「一休寺納豆」(一休禅師が伝えたといわれ、独自の製法でつくられる寺の名物納豆)の大豆に「みやだいず®」を売り込むなど大活躍しています(納豆は今夏発売予定)。「みやだいず®」の真価を理解している井ノ上さんは吉田さんの力強いビジネスパートナーです。

 「まだまだやりたいことがたくさんあります。〈みやだいず®〉は火山灰の土壌で水捌けのよい土壌に合っている大豆。北部九州が〈ふくゆたか〉なら、南九州は〈みやだいず®〉といわれるような一大産地になっていけばいいなと。地元の知恵が次世代に継承されていくようこれからも励みます」と吉田さん。美味しい地元の大豆と、それを使った味噌や醤油、豆腐に納豆…。吉田さんは先人たちが大切にしてきた知恵や味を次世代へとつなぎ続けています。

 

 

<編集部コメント>

取材中、蒸した「みやだいず®」をいただきましたが、まるで栗のようにホクホクとし、甘くて美味しいこと!この大豆への思いをひとつに都城のみなさんが日々、奮闘されるストーリーに感動しました。肉や焼酎に次ぐ都城のブランド食品として「みやだいず®」が全国から注目を集める日も遠くない気がします(N)

 

味噌はすべて「みやだいず®」100%使用。原料には大豆と麦、塩のみで添加物、加工助剤は一切使用していない。ちなみに1972年の創業以来、日本に新しい味噌・醤油メーカーは誕生していない(※2022年6月現在)。つまり「ケンコー食品工業」が“日本で一番新しい味噌・醤油蔵”なのだ

 

子どもたちに味噌を食べてほしい、好きになってほしいという思いから「みそづくり教室」も開催している。「完成するのを〈まだかな?まだかな?〉と子どもたちが楽しみにして、出来上がったら家族が美味しい味噌汁をつくってくれる。そんな時間を過ごしてもらいたいですね」と吉田さん

 

「みやだいず®」を蒸した「蒸し大豆」は人気商品のひとつ。おやつにもお酒のつまみにもなる

 

味噌を発酵させる樽には「醤(ひしお)」と呼ばれる液体ができる。甘くてコクがあるこの液体をたくさんつくるべく醤油が誕生したといわれている

 

「都城の農家さんはそれぞれにこだわりがあり、プロ意識が高い方が多いんです。そういう方々とお仕事できる幸せを実感しています」と井ノ上さん

 

「ケンコー食品工業」の看板には空を飛ぶ凧の絵と「天上大風」の文字が。「味噌・醤油は日本が世界に誇る調味料なので、何か和のモチーフにしたくて凧にしました。〈天井大風〉というのは良寛の言葉。意味は〈今ここが凪でも、どこかでいい風は吹いている〉というもの。いい風を捉えられるようにという思いを込めて使っています」と吉田さん

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